賃金レンジの作り方|下限・上限の決め方と「重なり型」設計

賃金・賞与

賃金レンジの作り方|下限・上限の決め方と「重なり型」設計

「等級は作ったが、給与は結局そのつど経営者の裁量で決めている」——人事評価制度のご相談で、こういう状態によく出会います。等級表があっても、金額の決め方が言語化されていなければ、社員から見れば給与はブラックボックスのままです。

この状態を解消するのが賃金レンジです。等級ごとに「下限額〜上限額」の範囲をあらかじめ決めておき、経験・成果に応じてその範囲内に社員を位置づける仕組みを指します。本記事では、賃金レンジをどう組み立てるか、決め方の手順として整理します。

賃金レンジとは何か——「幅」を持たせる理由

賃金レンジを一言で言えば、「等級ごとの給与の範囲」です。「S3等級は32万円」と1点で決め打ちするのではなく、「S3等級は28万円〜40万円の範囲で、経験と成果に応じて位置づける」という設計にします。

中小企業でこの設計が必要になるのは、社員数がおおむね30名を超えたあたりからです。人数が少ないうちは経営者が一人ひとりの給与の背景を頭の中で管理できますが、規模が大きくなると「なぜAさんとBさんで給与が違うのか」を説明できる仕組みが必要になります。賃金レンジは、その説明責任を果たすための土台です。

レンジを持たせるメリットは主に3つあります。第一に、同じ等級内でも経験・成果による差をつけられること。第二に、昇給のたびに等級そのものを動かさなくても、レンジ内で昇給を積み重ねられること。第三に、中途採用の提示給与に迷わなくなることです。応募者の経験年数や前職の給与水準を踏まえ、レンジ内のどの位置で提示するかを判断すればよくなります。

賃金レンジの設計を怠ると、等級制度そのものの納得感が失われます。人事評価制度とは|中小企業のための完全ガイドで解説した通り、評価制度は「等級・評価・賃金」の3点がセットで機能してはじめて社員の納得感につながります。賃金レンジは、そのうち「賃金」側の骨組みにあたる部分です。

設計の前提:等級制度と役割定義を先に固める

賃金レンジは、等級制度が先に決まっていないと設計できません。等級ごとに「どのような役割・成果を期待するか」が言語化されていて、はじめてその役割に見合う金額の幅を検討できるからです。

たとえば「S3等級は、上司の細かな指示なしに自分で計画を立てて業務を完結できる」という役割定義があれば、その水準の人材を採用・維持するための下限額と、成果を出し続けた場合に到達しうる上限額を、逆算して検討できます。役割定義があいまいなまま金額だけ決めると、後から「なぜこの金額なのか」を説明できなくなります。

中小企業に向く等級段階数や役割の言語化については、既存記事の等級制度の作り方|中小企業向け完全ガイドで整理しています。まだ等級制度が固まっていない場合は、先にそちらから着手することをおすすめします。

手順①:等級ごとの下限・上限を決める

役割定義ができたら、等級ごとに下限額と上限額を決めます。考え方の目安は次の3つです。

決め方の視点内容
下限額その等級の役割を最低限こなせる人材を採用・維持できる水準
上限額その等級で成果を出し続けた場合に到達しうる水準(次の等級に上がらなくても報われる上限)
レンジ幅上位等級ほど広く取るのが一般的(経験・成果による差がつきやすいため)

下限額を低く設定しすぎると採用力が落ち、上限額を低く設定しすぎると「この等級に長くいる人」の昇給余地がなくなります。逆に上限額を上げすぎると、下の等級の上限と上の等級の下限が離れすぎて、昇格した瞬間に大幅な昇給が発生し、人件費の見通しが立てにくくなります。この「上下等級のつながり方」こそが、次に説明する設計の分かれ道です。

手順②:「重なり型」と「非重なり型」——どちらを選ぶか

賃金レンジの設計には、大きく分けて2つの型があります。

特徴向いている組織
重なり型隣接等級のレンジが一部重なる(下の等級の上限が、上の等級の下限を上回る)昇格を急がせず、等級内での成果を評価したい組織
非重なり型(接続型)隣接等級のレンジが重ならず、上限と下限がほぼ一致する昇格による処遇差を明確に出したい組織・階層がはっきりした組織

重なり型を選ぶと、「下の等級で頑張っている人」が「上の等級に上がったばかりの人」より給与が高くなる状態が生まれます。一見すると違和感がありますが、これは「等級が上でも、実績がまだ伴っていない人」と「等級は下でも、長年の実績がある人」の差を給与に反映できているということであり、多くの中小企業で納得感につながりやすい設計です。重なり幅の目安は、隣接等級間で2〜4割程度を目安に検討するとバランスが取りやすくなります。

非重なり型は、昇格そのものに強いインセンティブを持たせたい組織に向きます。ただし、隣接等級の上限と下限がほぼ一致するため、「昇格しない限り給与が頭打ちになる」状態が起きやすく、評価制度と連動した頻繁な見直しが必要になります。

中小企業の多くは、等級の見直し頻度がそこまで高くないため、まずは重なり型から検討するのが運用しやすい選択です。実際の金額イメージは、既存記事の賃金テーブルの設計|中小企業30名規模からの実例集で紹介した5段階の例を参照してください。

手順③:地域・業種相場と照合する

自社で決めた下限額・上限額の案ができたら、次に地域・業種の相場と照合します。これを飛ばすと、自社の感覚だけで決めた金額が、実は相場から大きく外れているケースに気づけません。

相場の照合には、厚生労働省が毎年実施する「賃金構造基本統計調査」を使うのが基本です。求人サイトに掲載される平均年収は、あくまで募集要項に書かれた希望額の集計であり、実際に支払われた給与の統計ではない点に注意が必要です。役職別・企業規模別・都道府県別・産業別の実測データを見たい場合は、e-Statで公開されている一次データにあたるのが確実です。

自社の等級と役職・職種の対応が近い場合は、公的統計の役職別データと照らし合わせ、下限額が相場の8割を下回っていないか、上限額が相場の1.2倍を大きく超えていないかを目安に点検します。歯科衛生士・介護職・トラック運転者のように職種そのもので給与水準が決まる仕事の場合は、役職別の相場ではなく職種別の実額で照合する必要がある点にも注意してください。数値を伴う相場の調べ方の詳細な手順は、別記事で改めて整理する予定です。

手順④:昇給・昇格時の運用ルールへ接続する

賃金レンジは、決めて終わりではありません。日々の昇給・昇格の判断ルールに接続してはじめて機能します。

レンジ内での昇給は、定期昇給(全社員一律・物価上昇や経済情勢に応じた底上げ)と、査定昇給(人事評価の結果に応じた個別の昇給額)を組み合わせるのが中小企業では運用しやすい設計です。評価ランクごとに昇給額のテーブルをあらかじめ決めておけば、評価担当者ごとの判断のブレも抑えられます。

昇格時の扱いは、重なり型を採用している場合、次の等級の下限額に到達していなければ下限額まで引き上げる、すでに下限額に到達していれば数万円程度の昇格手当を上乗せする、という2パターンで整理しておくと運用がぶれません。この判断基準を事前に文書化しておくことが、後々のトラブルを避ける最大のポイントです。

よくある失敗

賃金レンジの設計でつまずきやすいポイントを3つ挙げます。

失敗①:レンジ幅が狭すぎる。 下限と上限の差が数万円しかないと、等級内でどれだけ成果を出しても昇給の余地がありません。特に下位等級ほど幅を狭く設定しがちですが、勤続年数が長い社員が多い等級ほど、一定の幅を確保しておく必要があります。

失敗②:重なり幅が広すぎて、等級の意味が薄れる。 重なり型は有効な設計ですが、重なりが5割を超えるような幅になると、「等級を上げる意味があるのか」という疑問につながります。目安の2〜4割を大きく外れないようにします。

失敗③:相場との照合をせず、社内の相対関係だけで決めてしまう。 自社の等級間のバランスだけを見て金額を決めると、地域・業種の実態から離れた水準になっていても気づけません。定期的に公的統計と突き合わせる機会を設けることが大切です。

まとめ

賃金レンジの設計は、役割定義の確認 → 下限・上限の決定 → 重なり型か非重なり型かの選択 → 地域・業種相場との照合 → 昇給・昇格ルールへの接続という順序で組み立てます。中小企業では、隣接等級間で2〜4割程度重なる「重なり型」を基本に検討すると、等級を急がせすぎず、かつ等級内の努力も報われる設計になりやすいというのが実務上の感触です。

「自社のレンジ設計が今のままでよいのか不安」「等級はあるが賃金レンジまで手が回っていない」という方は、認定コンサルタントへの無料相談から始めてみてください。

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