AI・診断
人事評価へのAI活用の現在地|できることと注意点
「人事評価にAIを使えないか」という相談が、この半年で目立って増えた。人事評価ドットコムを運営しながら、実際に制度づくりや運用の現場でAIを使い続けてきた実務者としての現在地を、この記事で整理する。制度全体の設計手順は人事評価制度とは|中小企業のための完全ガイドを、AIと専門家の役割分担の考え方はAI診断+専門家、なぜ両方が必要なのかを参照してほしい。本記事では、評価制度の現場でAIがどこまで使えるようになっているか、逆にどこは今も人の判断が必要かを、実務目線で書く。
なぜ人事評価の現場でAI活用が進んでいるか
中小企業の人事評価は、専任の人事担当者がいないか、いても総務や経理と兼任という会社がほとんどだ。評価項目を決める、賃金テーブルを組む、評価コメントを書く——どの作業も、本業の合間に少しずつ進めるしかない。この「時間が取れない」という制約が、AI活用が進む一番の理由になっている。
生成AIは、ゼロから何かを作る作業よりも、たたき台を素早く出す作業に向いている。評価項目の候補を業種別に何十個も並べる、賃金テーブルのパターンを条件を変えて何通りも試算する、といった作業は、人が手作業でやると半日がかりだったものが、AIを使えば数十分で下書きにたどり着く。この時間短縮の効果が大きいため、専任者を置けない中小企業ほどAI活用の恩恵を受けやすい。もっとも、後述するとおり、下書きをそのまま使ってよいかは別の話だ。
AIが得意なこと(1) 評価項目・等級定義のたたき台づくり
評価制度づくりで最初に手が止まるのが、評価項目の設計だ。営業職と製造職では評価すべき行動がまったく違うし、同じ営業職でも新規開拓中心か既存顧客のフォロー中心かで重視する項目は変わる。ここをゼロから言語化しようとすると、経験のない担当者はかなりの時間を取られる。
AIは、職種と会社の特徴をいくつか伝えるだけで、業績・行動・スキルの3軸に沿った評価項目の候補を短時間で並べてくれる。項目の切り口や言葉選びの参考例としては十分に使える精度がある。評価項目そのものの考え方や職種別の具体例は人事評価の項目とは|中小企業でそのまま使える評価項目の例にまとめているので、AIに下書きさせた項目を見比べる際の物差しとして使ってほしい。ただし、AIが出す候補はあくまで一般的な職種像に基づくものであり、自社の現場に合うかどうかは別途、実際の業務を知る人が確認する必要がある。
AIが得意なこと(2) 賃金テーブルの試算とシミュレーション
賃金テーブルの設計は、等級ごとの上限・下限をいくらにするか、隣接する等級の金額帯を重ねるかどうかといった条件を、何パターンも比較しながら決めていく作業だ。条件を1つ変えるたびに全等級の数字を計算し直す必要があり、電卓や表計算ソフトの手作業では時間がかかる。賃金テーブルの設計手順そのものは賃金レンジの作り方と「重なり型」の設計で解説しているが、この試算の部分はAIとの相性がよい。
条件を指定すれば、複数パターンの数字を一括で出してもらえるため、「昇給1回あたりの金額を変えたら何年で上限に届くか」といったシミュレーションを何度も繰り返しやすくなる。パターンを何通りも見比べたうえで、最終的にどの案を採用するかを決めるのは経営者の役目だが、比較材料をそろえる作業がAIで速くなる意味は大きい。
AIが得意なこと(3) 評価コメント・フィードバック文章の下書き
評価者である管理職から特に相談が多いのが、評価コメント欄に何を書けばよいか分からない、という悩みだ。評価点はつけられても、その理由を文章で説明する段になると手が止まる管理職は少なくない。
ここもAIが力を発揮しやすい場面だ。「この社員は今期、こういう行動があった」という事実を箇条書きで入力すれば、事実・解釈・次の行動の3つを整理した文章の下書きを作ってくれる。管理職は、その下書きを自分の言葉に直しながら仕上げればよく、白紙から書くよりずっと早く、かつ表現の抜け漏れも減る。ただし下書きをそのまま貼り付けて渡すことは避けたい。部下は、上司が自分の言葉で伝えているかどうかを敏感に感じ取るためだ。
人が担うべきこと・AIには任せられない判断
一方で、AIに任せきれない領域もはっきりしている。代表的なのが、評価結果への納得感づくりだ。同じ評価点でも、伝え方や普段の関係性次第で、部下の受け止め方は大きく変わる。ある製造業の会社では、ベテラン社員の評価点を制度どおりに算出したところ、本人の受け止めと大きくずれてしまい、面談が紛糾しかけたことがあった。原因を探ると、評価項目には表れない「後輩の指導に多くの時間を割いていた」という事情があった。この種の、数値化されない事情をくみ取って評価に反映するかどうかの判断は、いまのAIには任せられない。
例外対応や重い意思決定も同様だ。等級を見直した結果、現在の給与が本来の等級よりも高い社員が見つかることがある。実際に給与を下げるかどうか、下げるとして現給保障の期間をどう設定するかは、社員の生活に直結する重い判断であり、経営者と専門家が時間をかけて詰めるべき領域だ。AIに自動で決めさせてよい話ではない。
導入するときの注意点
AIを人事評価に取り入れる際は、いくつか気をつけたい点がある。
| 注意点 | 具体的に気をつけること |
|---|---|
| 個人情報の入力 | 社員の氏名や評価内容をそのまま入力せず、匿名化・仮名化してから使う |
| 過去データの偏り | 過去の評価データに偏りがあれば、AIの提案もその偏りを引き継ぐ前提で見る |
| 丸投げしない | AIの出力は下書きとして扱い、最終判断と部下への説明は人が行う |
| 記録の保存 | AIに入力した内容や出力結果を、後から説明できる形で残しておく |
とりわけ気をつけたいのが、過去データの偏りだ。もしこれまでの評価に「声の大きい社員が高く評価されやすい」といった傾向があった場合、その評価データをAIに学習させたり参照させたりすると、同じ傾向を含んだ提案が返ってくる可能性がある。AIの提案を鵜呑みにせず、偏りがないかを人の目で確認する工程は省略できない。
当社での組み合わせ方
人事評価ドットコムでは、制度の標準形を無料で配りながら、AIと社労士法人の監修担当を組み合わせて運用支援を提供している。評価項目や賃金テーブルの初期案はAIが短時間で作り、その後の「自社の実情に合わせた調整」と「導入後の面談・意思決定の伴走」は監修担当が担う、という役割分担だ。AIと専門家それぞれの得意領域をどう考えているかはAI診断+専門家、なぜ両方が必要なのかで詳しく書いているので、あわせて読んでほしい。
まとめ
人事評価へのAI活用の現在地をまとめると、評価項目や賃金テーブルのたたき台づくり、評価コメントの下書きといった「速さが求められる作業」はAIが得意な領域に入ってきている。一方で、評価結果への納得感づくり、数値化されない事情の読み取り、給与を下げるかどうかのような重い意思決定は、引き続き人が担うべき領域として残っている。
この分業のラインは、AIの進化とともに少しずつ動いていくはずだ。ただし現時点では、「AIに速さを任せ、人が納得感と重い判断を引き受ける」という組み合わせが、中小企業にとって現実的な答えになっている。制度全体の作り方は人事評価制度とは|中小企業のための完全ガイドを参考に、自社に合ったAIの取り入れ方を検討してほしい。